人文展示室1

美濃の守護(みののしゅご)
美濃の守護(補足)

土岐氏は源頼光(みなもとのよりみつ)の子孫(しそん)が美濃国土岐郡に住み、土地の名にちなんで土岐と名のりました。

土岐頼貞(よりさだ)( 〜1339)は鎌倉時代の武将(ぶしょう)で、室町時代の美濃の初代守護(しゅご)です。足利尊氏(あしかがたかうじ)にしたがって戦い、手がらをたてたので足利幕府(あしかがばくふ)が生まれると美濃の守護になったのです。頼貞は武芸(ぶげい)にすぐれていたばかりでなく、学問にもすぐれ多くの和歌(わか)を残しています。

土岐成頼(なりより)(1441〜1496)は、15歳で8代目の守護につきました。応仁(おうにん)の乱が起こると、山名宗全(やまなそうぜん)(西軍)に味方し11年間も京都にいて各地で戦いを続けました。11年間もの戦いで多くのお金を使い、土岐氏が落ちぶれる原因をつくりました。1495年土岐氏の跡(あと)つぎの問題から船田合戦(ふなだかっせん)がおこり、敗れた成頼は守護を政房(まさふさ)にゆずりました。

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